私たちは今たまたま人間として生きています。
急に何を言っているんだと思ったかもしれません。
仏教では、今生きているこの世界を「人間道」と言います。
これは六道の中の1つで、他には地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・天道があり、全てが迷いの世界であり、私たちは遥か昔からこの六道を生まれ変わり死に変わりを繰り返しています。
したがって、今私が人間としての生を受けたのはたまたまと言えます。
このたまたまというのはどれくらいの確率でしょうか。
皆様も想像してみてください。
目の前にガンジス川があり、その河原を歩いています。そして足元にある砂を手ですくって見てください。
私たちの世界には目に見えるものから、目に見えないほど小さなものまで数えきれないほどの生き物がいます。それに対して人間として生まれてこれるのは、周りにある数えきれない程ある砂に対してたった一握りの砂と同じ確率しかありません。
また今度はその砂を指先に乗せて、残りを落としてみてください。
人間として生まれてきたものの中でも、仏法に出遇うことのできるものは、指先に残った砂の数ほどしかいないのです。
数えきれないほどいる生き物の中でたまたま人として生まれ、そしてその中でも仏法に出遇うことができたのはほんのわずかな数ほどしかいません。
今この記事を読まれている方は、そのわずかな人の中の1人です。
こう考えますと、改めて私のこのいのちがとても尊いものである思うと同時に、自分以外の人のいのちもまたとても尊いものであると感じます。
また仏法に出遇うことができたのも、とても尊いことであります。
いのちを大切に、また仏法に出遇わせていただいた尊いご縁を大切にしたいですね。
南無阿弥陀仏