感謝の日々

お話

皆さん年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか?

お正月が終わり、お参りに行かせていただきますと、年末年始はどうだったかという話になります。

「寝正月だった」、「特に毎年と変わらなかった」、「娘や孫が帰ってきて賑やかだったけど疲れた」など皆さん様々な年末年始をお過ごしでした。

また新たな年を迎えられたことに感謝いただきたいですね。

今日は親鸞聖人のご命日です。

思えば親鸞聖人のご生涯は順風満帆ではなく、ご苦労の多いご生涯だったと思います。

大飢饉を何度も経験され、罪人として流罪になられ、また晩年には息子さんを義絶するという悲しい出来事もありました。

社会一般的な物差しからすれば、聖人の人生は決して幸せとは言い難い人生であったように見えます。

けれども、もし聖人に「幸せなご生涯でしたか?」と尋ねるとどうお答えになるかと想像してみますと、おそらく「いろいろ辛いこともあったけど、多くのご縁によって阿弥陀さまのご本願に出わせていただいた私ほど幸せな人生はありません」とお答えになられるのではないでしょうか。

お念仏を称えるということは、自分の口から溢れ出たお念仏を聞くということでもあります。

お念仏を聞くということは、阿弥陀さまの願いに出遇わせていただき、阿弥陀さまのお慈悲のなかに私がいることを知るということです。

聖人はそのようなお念仏をするものが恵まれる精神的利益りやくを「心多歓喜しんたかんぎやく(心によろこびが多いという利益)」、「知恩報徳ちおんほうとくの益(阿弥陀さまのご恩を知り、そのお徳に感謝するという利益)」とお示しくださっています。

私たちの人生は、思い通りにならず、苦しみ悩み続けなければなりませんが、そんな中でもお念仏を称える人生とは、よろこびに貫かれた幸せな人生だと言えるのではないでしょうか。

明日で阪神淡路大震災から31年です。

日々の当たり前が、そうではなく有り難いことだと思わせていただき、多くのご縁や今の私がいることに感謝させていただきたいです。

南無阿弥陀仏